福岡・博多のスペインレストランCAFE DEL CANDYオーナー。    サルバドール・ダリをこよなく愛し、ついにスペインレストランを開く。現在ではあらゆるスペイン的なものに興味があり 自称スペインの伝道師!?

Salvador Noli とは?

福岡県福岡市のスペインレストランを展開しているオーナー。 スペインとサルバドール・ダリをこよなくよく愛する男

<福岡・博多のスペインレストランCAFE DEL CANDYオーナー
サルバドール・ダリをこよなく愛し、スペインレストランを開く。   現在ではあらゆるスペイン的なものに興味があり、スペイン道をまっしぐらです。≫>

> ようこそ
サルバドール・ノリ日記!?へ

博多のスペイン  CAFE DEL CANDY

2001年12月、博多・店屋町に生まれた
スペイン・カフェ・バル・レストラン。
スペイン風ではなくスペインそのものを目指し、日々追求しています。現在ではレストランだけでなく、スペイン料理教室やフラメンコ、スペインツアーなども企画しています。

平尾の新スペイン ALQUIMISTA

.......

福岡県福岡市中央区平尾2-2-25 アルキミスタ・レスタウランテ 092-523-7393 alquimista.restaurante@gmail.com

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仙台最終日 

今日は一日オフ。そこで仙台市内を少々観光することにした。
といっても、博物館と青葉城だ。

その仙台市博物館。目的はただひとつ。昨日の話しにも出た、支倉常長の慶長遣欧使節の資料だ。

なぜ支倉か、それは支倉がローマに赴く際、長期にわたってスペインに滞在しかつ一行の一部の日本人たちが、スペイン、セビーリャ近くの、コリア・デル・リオという町に残り生活を送り、結婚もし子孫を残している。というロマン溢れる話しがあるからだ。
しかもその血筋の名字に、ハポン(スペイン語で日本)という名を代々受け継ぎ現在でもその村にはハポンさんは存在しますし、ハポンの血筋であることを誇りに思っていると、アミーゴでありファミリーでもある元スタッフ・けいごが現地にて話しをしたそうです。
コリア・デル・リオには、その支倉常長の銅像がグアダルキビル川のほとりに佇んでおり、三年前僕もそこに訪ねて行きました。

そういう事もあり、博物館では感慨深いものがありました。
いえ、博物館だけでなくこの震災ボランティアの旅そのものすべてが、なにかの力により導かれたと考えています。

今は感じるままに書いています。

その後、僕たちは、塩竃に電車で行った。
ここも被災したところで、やはりかなり内陸部まで津波が到達したもようで、多くの商店は閉まっていた。
寂しげな街並みが続いていたが、魚介類が名物らしく寿司屋さんが小さな町にしては多いようで、しかも復興のため協力しあってチラシや看板で告知していた。
が、時間的にタイミングが悪く、食することはできなかった。

そしてまた電車で、松島へ。
日本三景のひとつでもある松島は、その多くの島からなる風景のおかげで、津波の勢いもいささか小さかったらしいが、それでも駅前の食堂で1mもの浸水をしたそうです。

時間は17時前後でしたが、東北の昼は短くすでに辺りは暗くなり、人けの少ない一大観光地は、より寂しく感じられた。
震災がなければ、、、。

自然の力は偉大で人間のちっぽけさを、つくづく感じられた。

東北では今、こんなことが起こっている。
僕が見てきたものは、ほんの一部でしかない。
しかし。
僕の住む九州、福岡では、東日本大震災は、すでに過去のものとなりつつあるような状況です。
それもそのはず。現在の東北の状況が、自然に生活していたらわからない。
情報が手に入りずらい。
それよりも、景気の低迷の波が次から次にやってきて人々の気持ちはすっかり沈んでいる。
街も暗く、人もそぞろ、、、。
同じく被災した仙台の街のほうがよっぽど活気がある。
子どもたちの声が聞こえ
若者たちの笑顔が
年配の方々の、真の強さが
希望をイメージさせてくれる。

もちろんその一方では、避難生活、仮設住宅での生活に、疲れも出始め、また違う意味での、メンタル面での苦しみもあるのです。

僕は、短い間ではありましたが
この貴重な経験と、得た知識、状況を
九州、福岡で、

伝える

という使命を感じました。
実際の短い作業期間では、何も出来ていないとさえ、今思うし、これから
僕が伝えていき、
少なくとも、僕の周囲から、
出来ることを、やっていかなければ。

と思います。
また明日から、
もうひとつの現実社会に戻っていくのですが、
僕が見てきた東北の今
も、現実なのです。

少しでも知っていただけたら幸いです。

これにて、
僕の東北ボランティア活動のリアルタイム報告は終わります。

また福岡に戻って、総括したいと思います。

それでは。
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2011/10/22 22:45|未分類TB:0CM:1

仙台移動の日 

昨夜は、米川ベースにて最後の夜を過ごした。
偶然にも、明日僕らとともにそれぞれの故郷へ帰る人が多い。
短い間だったがボランティアを体験した仲間たちとは親近感がわき、一体感さえ出てきて名残惜しい夜となった。

僕自身、この震災での出来事やボランティアに参加できた事によって色んな事を知った。
この辺りは今日は割愛するが、3日いると、メンバーの顔つきも変わってきた気がする。(自分の顔は見てないけどね)

現時点で、upできそうな動画のせようと思ったが、出来なかった。
後日upします。

米川ベースを去る午前、ベース長の計らいで、近くのキリシタン遺跡群を見学させてもらうことになった。

僕は以前より九州各地のカクレキリシタンの巡礼をしてきた。
まさかここ東北まで来てまでも、巡礼が出来るとは思いもよらなかった。

そこは、宮城県と岩手県の境の大籠(おおかご)というところだった。



キリスト教の布教は1600年前後からだそうで、伊達政宗の時代である。
その時代は、伊達政宗がスペインとローマに向け家臣である、支倉常長を派遣し(慶長遣欧使節)たほど、ヨーロッパやキリスト教日本に浸透していったのです。
しかし時代の流れ厳しく支倉が帰国した時にはすでにキリスト教弾圧が激しく正宗でさえかくまうことができなかった。
その支倉に同行した数名が、ここ大籠に逃げ込んで密かにキリスト教守っていたが、それもついには、発覚し300名以上が虐殺(殉教)された。
その痕跡が数多く残されているのだ。
その中にはとんでもなく深い山の中の洞窟礼拝堂もあった。
そこは私有地でなかなか見学さえさせてもらえないそうだが、おっちゃんは快く見せてくれた。
感謝です。



こうしてボランティア活動を無事に終え、米川ベースの方々にも大変なお世話になり、
感謝、感謝の日々でした。




その夜、仙台にたどり着きました。
2011/10/21 22:55|未分類TB:0CM:2

ボランティア三日目 

昨日は、リーダーに気を使ってもらい、肉体労働はなしだったので今日は気合いを入れるぞ! って全身筋肉痛だぁ(>.<)y-~

今日も、1日目の現場の近くの広いエリアを、別グループ合わせ50名くらいで作業をした。その別グループには、JTBのツアーで来ている人が多く、個人で名古屋から車で来ている中年夫婦などもいた。


作業内容は、瓦礫撤去。
かつて民間だったそのエリアは、コンクリートの基礎のみを残し、完全に津波で吹き飛ばされている。
一軒ではありませんよ。地区すべての建物が跡形もないような状態です、、、

まず民家から。
敷地40坪、建坪30坪はあろうかと思われる。ここの住民の安否は知るよしもない。

しかし。
確かにここで生活をしていた。
あの、3月11日の午後14時30分ぐらいまでは。

別の建物、同じく廃墟となった健康センター内の時計は、ひとつは、14:47
もうひとつは、15:26で止まったままだ。


津波被害のあった土地は今後、住宅地として使われることはないそうだ。
コンクリートの基礎も重機で壊し、土を盛って埋めるとか、、、今後どのように使われるのか行政でも決まっていないとか、、、。
なのに手作業で瓦礫撤去って意味があるのか?

って思いもありつつも、住んでた方に敬意をもって綺麗に片付けた。
僕は玄関と庭を重点的にやった。
玄関が綺麗だと気持ちがいいかなと思い。
そこの住民の方の事は知るよしもないが。

その家一軒と、となりの空き地であっただろう場所を徹底して綺麗にした。
瓦礫の中に咲いていた一本だけの花を綺麗に残しておいた。


瓦礫の中の、小さな希望

僕はそう名付けた。

これで、こけ南三陸町でのボランティア作業は最終日だ。
南三陸町から、宿泊地である、米川ベースへ帰る途中、夕陽がとても綺麗だった。





明日は、仙台に移動する。
2011/10/20 17:32|未分類TB:0CM:0

ボランティア南三陸町 

昨夜は、久しぶりの肉体労働の後、、、
もうひとつ活動が、、、
なんと僕が合宿所で夕食を作ることに(>.<)y-~

しかもスペイン料理ではなく、リクエストにより、豚のしょうが焼き!?
そして、きしめんと、コンビーフを利用しトマトパスタを。
さらに、お店では出しませんが、得意の 『キャベツの千切りサラダ』

大盛況で、こういう事でも協力できてよかった(*^^*)






今日の作業は、漁業関係、、、。
昨日より、肉体的にはかなりゆっくりでした。
内容は、ホタテ養殖のための仕掛け作り。
単純作業でしたが、一緒に仕事をした漁師のおじいさんは、直接被害にあった方でもあり、震災当時の話しを聞きました。

そのおじいさんは、家族で仕事をしており、仕事中に、津波警報がなり、着の身着のままで丘の上に逃げたから助かることができたと。
余計なものを取りに帰った人は流されてしまったと。
津波のときは、女房も子どもも置いていけと、、、
かなりショッキングでしたか、どうやらそれがこの辺りの言い伝えだとか、、、

生きてこそ、、、

と、いうイメージがわきました、
仕事はライトなものでしたし、帰りには温泉にも入り癒されましたが
精神的にはハードな日でした。


夕食には、
現地の栗ごはん、たこ、菊の酢漬け、りんごなど、東北を満喫しました。
感謝の一言です。

明日は、作業としては最終日。
ハードな仕事は待ってそうです。
2011/10/18 20:55|未分類TB:0CM:1

東北ボランティア活動 

今日は、宮城県南三陸町に、瓦礫撤去の活動をしました。

南三陸町は、ニュースでもあったとおり、津波被害がとてもひどかった場所のひとつです。
あぁ、あの!
と思わぬなかれ。
実際の津波の被害は想像を絶します、、、

漁港のある南三陸町中心部は、ほぼ壊滅。

海岸から数百mも離れた3階建てのビルでさえ崩壊。

海すら見えない川が入りくんだ谷間の集落や、国道バイパス、線路の鉄橋も崩壊。

ある程度は、片付けているとはいえ
この辺りは、交通の便が悪く復興が進まないらしいです。

道路脇には、いわゆる瓦礫の山。
数百台もの、壊れた車の山。
山の谷間の畑に埋もれる漁船、、、
海水で浸水した森の一部は、木が枯れています、、、
かなりショッキングです。



で我々の今日の仕事は、
津波で破壊された消防署の中の清掃。
と言っても、完全に水没したと思われるあらゆる窓から濁流により、はっきり言って、ぐちゃぐちゃです。

壁、天井、床すべて剥がれ落ち
ガラスと土砂が、入り交じり
コンクリートの、壁だけが残った状態。

これはまだいい方で、一般的な木造家屋は、基礎だけしか残っていない。
焼けてはいないが、いわゆる焼け野はらのよう。
町や村の集落は跡形もない。

僕はその原形を見たことがないからまだましだが、知っていたら、、住民の人たちだったら、、その気持ちは想像もつかない、、、

その住民の人達の安否は、集落レベルでは僕はわからない。
がニュースでは南三陸町は、何千もの人達が津波でさらわれた様子。


作業は、力仕事をしてない最近の僕もでしたが女性も多く、こうした作業に慣れていないボランティアスタッフにとってもハードなものでした。
それでも復興に参加できる喜びは大きく、今日は、そこの作業は完了させる事ができ、来た意味が少しはあったのかなと。

体はぼろぼろですがね(笑)
2011/10/18 05:53|未分類TB:0CM:0

二日目、仙台から、米川ベースへ。 


今日は、仙台市内から米川ベースに移動。実際の被災地で、作業現地である、南三陸町に近い宿泊所がベースと呼ばれる場所です。
しかし仙台からバスで約3時間の場所でかなり小さな町らしく交通機関が少ないので今日は移動と、ミーティングです。

どうやらベースとなる場所は、地域の集会所らしく仙台よりもかなり寒いそうです。

しかしながら仙台は思いのほか暖かく、福岡よりも過ごしやすいのでは?
と思ってしまうほど。

仙台の人々と話をすると、みんな落ち込んでなんかいません。
むしろ福岡より、パワーを感じられます。

これは、危機感をこえた、実際に災害に見舞われた方々の、本当の希望や気持ちなのかなと。

私たちは日頃、人のせいや、景気のせいにしている気がします。


これから行く南三陸町は、災害がひどいらしく、被災者の方々に直に接する機会もあるそうです。ただ活動の詳細はわかりません。

今からバスに乗ります。
2011/10/16 14:04|未分類TB:0CM:0

東日本大震災ボランティアに。 

今日から一週間、宮城県仙台と、南三陸町に、ボランティア活動に行ってきます。
今、仙台空港から、電車で仙台市内に
移動中です。
海岸近くは居間でも畑の中に車やトラックが埋もれているのが見えます。
が、第一印象は、頑張っていこうという気持ちの強さです。

福岡では、少なくとも僕の周りで、情報がないので、
僕がみなさんに、報告することも使命かも。
という気持ちで、できるだけ書きたいと思います。
2011/10/15 14:36|未分類TB:0CM:1

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